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東京高等裁判所 昭和22年(ナ)46号 判決

茨城縣鹿島郡息栖村深芝二千五百七十二番地

原告

正木正雄

右訴訟代理人弁護士

水戸市茨城縣廳内

被告

茨城縣選挙管理委員会

右代表者委員長

守屋陸藏

右当事者間の昭和二十二年(ナ)第四十六号村会議員選挙当選確認事件について、当裁判所は次のように判決する。

主文

原告の請求は これを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、昭和二十二年七月七日附の茨城縣選挙管理委員会が原告からの村会議員選挙に関する異議の訴願に対しなした裁決並に同年五月十三日附同縣鹿島郡息栖村選挙管理委員会が原告からの右選挙に関する異議申立に対しなした決定を取消す。原告が同年四月三十日執行の息栖村会議員選挙における当選者であることを確認する。」との判決を求め、その請求の原因として(以下省略)

理由

昭和二十二年四月三十日茨城縣鹿島郡息栖村で村会議員の選挙投票が行われたこと、その選挙では議員定数二十二名のところ原告の外二十九名の立候補者があつて翌五月一日開票せられたが、その選挙会で原告と五十嵐英太郞との両名が共に最下位で七十九票の同点となつたとして抽籤の上原告を当選者と決定したので原告は右村会議員就任を承諾したこと、原告及び落選者五十嵐はそれぞれ右選挙会の決定に対し同村選挙管理委員会に異議の申立をしたので同委員会は同年五月十三日右五十嵐の申立によつて原告の当選を取消すと云う決定を與えると共に同日原告の申立を却下する決定をして即日右各決定書を原告に交付したこと、原告はこれに不服であるとして右各決定に対し直ちに被告選挙管理委員会に訴願をなしたところ被告は同年七月七日原告主張のような理由の下に原告の訴願を却下する旨の裁決をなし、右裁決書は同月十二日原告に交付せられたことは当事者間に爭のないところである。

原告は前記五十嵐の村選挙管理委員会に対する異議申立は同委員会でこれを当選の効力に関する異議として取上げ原告の当選を取消したが、右異議は地方自治法第六十六條第一項に所謂選挙に関する異議であるから、五十嵐の主張するように同選挙について息栖村長が選挙会に干渉したか否かを審議しなければならぬ。然るに上記のように申立の趣旨を誤つてこの審議をしないで前記決定をしたのは違法である。而かも被告は原告がこの決定に訴願をしたのに右異議に関する書類の送付を受けず漫然村選挙管理委員会の決定を維持したのは失当であるとの主張について先ず判断してみる。

凡そかかる異議の趣旨が何れに存するかは異議申立書の内容によつて決せらるべきものでその片云双句によつて左右せらるべきものでない。本件については成立に爭のない乙第五号証(昭和二十二年五月四日附五十嵐英太郞の息栖村選挙管理委員長官崎喜備宛異議申立書)には「昭和二十二年四月三十日村会議員選挙執行、五月一日開票の結果五十嵐英太郞は別紙証明書の通り当選確定せしを村長山中利夫の干渉により当選を取消されたるものである。」とあり、右乙第五号証の一部である同異議申立書添附の息栖村会議員選挙立会人岩井市之助外二名名義の証明書には「五十嵐英太郞は選挙委員会で合議の結果当選と確定したものであるが村長山中利夫は選挙長に命じ一旦無効投票と決定した投票中からススキかマサキか判別しがたい一票を抽出して、これを次点者である正木正雄の得票であると強硬に主張して五十嵐の当選を取消させ、五十嵐と正木とを同点として抽籤によつて正木の当選と改訂せしめたものであることを証明する。」と記載しているところから見れば五十嵐の異議申立の趣旨は右申立書及び証明書の内容を綜合してこれを明確にすべきもので、今右両者の記載を通読すれば村長の干渉の点は選挙会(選挙委員会とあるが選挙会と混同したものと認める。)で原告の有効投票とされた票のうちには無効の一票が存在することを主張するための事情として記載されたもので畢竟当選の効力についての異議を申立てんとするに外ならないものと認めるのが妥当であつて、從つて村選挙管理委員会がこれをそのように扱つた上、前記投票の審査をして原告と五十嵐との当落について判断をしたのは適法で、又被告が同樣の見解に立つたのも相当である。又、訴願廳が訴願によつて異議事件を審理するについて、原廳から異議申立書その他関係書類の送付も受けることは必ずしも訴願審理の要件ではない。訴願申立書その他によつて職権で調査し審理すれば足りるものであるからこの点の原告の主張も理由がないものと云わねばならない。

次に原告は村選挙管理委員会が右五十嵐の異議と原告の異議とを審査するに際し村選挙管理委員会は先に一度原告の有効投票であることを開票立会の全員一致で承認した投票を一部村民の威圧によつて意思を抑制され、意に反した決定をするに至つたと主張するが、選挙会の際その係員として有効投票と認めたからと云つて後日異議があり、その審査をするに当つてこれが無効を主張し前の意見を訂正することは敢て妨げないところである。而して証人宮崎喜備、山中利夫の各証言によれば、村選挙管理委員会が開催された当日(前認定のように五月十三日で、原告及び五十嵐からの異議を同時に審議した。)開会前から二十四、五歳から三十歳位の復員風の壯者が四、五名は委員会場に隣る室内に、約十名は屋外に集り、開会後は、投票の効力について審議を進めていた最中、委員長宮崎喜備が発言すると、右の者等は「委員長に誘導されるな。」「委員長、それは無理だろう。」等の言辞を以てわめき立てたこと、選挙管理委員、山中勇太、靑野房吉が原告主張のような発言並びに評決をしたことは認められるが、右委員会がこれらの言によつて審議を著しく妨害されそのため議事の進行が困難若くは不能にされたこと、又は委員等が右の者等のため、意思を制約され、意に反して発言と評決とをしたことは、これを認めるに足りる証拠がない。然らば右の強迫のあつたことを前提とする原告の村、並びに縣選挙管理委員会の決定、裁決の不当を攻撃する請求は採用の余地がない。

進んで原告主張の投票の効力について審理することにする。

原告の無効投票とされたものに「タタキ」なる投票(乙第一号証)、五十嵐の有効投票とされたものに「イガサン」(乙第二号証」「人ノラシ」(乙第三号証)なる投票のあつたことは当事者間に爭がない。(右乙号各証の成立は原告の認めるところである。)而して今次の選挙は立候補者選挙の制度であるから判読して立候補のうち何人かに投票したものと認められる限り、その者の有効投票と見るを至当とするものである。(勿論地方自治法第四十一條第二号本文同第三号乃至第五号第七号に明らかに牴触するものは格別であるが)而して右乙第一号証の投票の記載「イガサン」は五十嵐と云う候補者があり(この点は当事者間に爭がない)。イガラシの姓に似寄りの候補者がないこと、(この点は弁論の全趣旨から当事者に爭のないものと認める。)第一字第二字は「イガラシ」の上半に当ること、(第三字第四字は通常敬称に用いられることから考察してみると「イガラシ」の姓の第一字)第二字のみを略して「イガ」と称し、これに敬称「サン」を添え、かように「イガサン」と記載して五十嵐英太郞を選挙したものと認めるのを相当とする。次に乙第三号証の「人ガラシ」の記載のある投票については原告は第一字第二字は全く字劃をなさず、第三字第四字のみによつて「イガラシ」と判読せしむるは社会通念に照し不当であると主張するが、右乙第三号証によれば第一字は「人」のように先ず右から左斜下方に一線を引き、次いで上方僅か下から多少間隙を存して右斜下方に一線を引いてあり、「イ」の字に最も近似し右筆法と形態とから見て選挙人は「イ」と書いた心意であつたことが認められる。又第二字が「ノ」と書かれてあつてこれが橫線の中央を貫いて右方から斜左に一線を加えれば「ガ」の字が出來るものであつて、同票の投票をなした選挙人は「ガ」と書くべきところを右の斜線を書き落したものと見られ、以上の二字と第三字第四字とを通読すれば「イガラシ」となるものであるから該投票は五十嵐英太郞に対し投票せられたものであつて、同人の有効得票と認めるのを相当とする。從つて右二票が無効投票であるとする原告の主張は採用することができない。

仍て進んで原告が自己の有効投票であると主張する「タタキ」なる投票(乙第一号証)について審究してみるのに、成立に爭のない乙第一号証によれば第一字は「タ」のように先ず左方斜下に向つて筆を進め次いで右方水平に筆を返し更に左方斜に曲げた上筆を改め右最後斜線の中央部を貫いて左より右に向い恰も「〓」の字の第二劃の如き線を引いてあり、最も近き文字は「タ」若くは「ヌ」であるがその何れとも判読し難く、これを「マ」と読むことは到底困難である。第二字は前記乙第一号証によれば「タ」の如く書かれてあり、その筆法は先ず「ク」の字を書いた上「タ」の字の中央の点を打つべきところを第二劃の斜線を貫いて右上方に跳ね上げた曲線を引いてあることが認められこれを「サ」と推読することは不能である。強いて判読すれば「タ」と読むべきである。第三字目は右乙第一号証によれば「ノ」のように「キ」の字の上の橫線の上方左肩に向つて「ノ」の如き斜線を加えていることが認められる。これは「キ」の字を書かんとして右「ノ」を無意識に書き加えられたものと認められないではないから「キ」と読むことも敢て無理とは云わない。然し右の投票を推読して到底「マサキ」とは読み難いものであつて唯最後を「キ」の字と見て同文字を姓の最後に有する三字姓の候補者が原告唯一人とすれば或は「正木」に投票したものと推定する余地はあるが、原告の外に鈴木鳴海と云う候補者が他に存することは当事者間に爭ないところであるから右投票は何人に投票したものか不明のものであると謂う外なく、從つて無効投票の部類に加えるべきものである。この点に関する原告の主張も採用できない。

然らば五十嵐の有効投票は七十九票となるに反し、原告の有効投票は右一票を差引くときは七十八票となることになり、原告の得票は五十嵐の得票より一票少いことになる。從つて前記村選挙管理委員会の原告の当選を取消し、五十嵐を当選者とした右決定、並びに右村委員会の決定を維持し原告の訴願を却下した被告委員会の裁決は結局妥当であつて、原告の本訴請求は棄却を免れぬものと謂わねばならぬ。

以上の通りであるから訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の如く判決する。

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